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唐 船(とうせん)

作者不明  季:秋  所:筑前国(福岡)箱崎

※ 箱崎の津と明州の津(浙江省寧波)は、古来より日本と中国の重要な交易港でした。

シテ 大島政允
【箱崎某の屋敷】かつて、唐土と日本との間で船の争いが起きた。互いに敵国の船を自国に留め置いたが、その際、箱崎某(ワキ)も一艘の唐船を留め、乗船していた祖慶官人(シテ)を捕えた。以来、所有する数多の牛馬を飼育させている。
 某は、祖慶に牛馬の放牧に行くよう、従者(間狂言)を通して命じる。
【唐船の来航】 ※ 船頭(間狂言)が、橋掛リに舟の作リ物を出す。
 祖慶の二人の息子、そんし・そいう(子方)が来航する。十三年前に日本に捕らわれた父に逢うため、唐土明州から航海してきたのだ。兄弟は某と面会して「父が存命と聞き及んだので、連れて帰るために来た」と告げ、会わせるよう頼む。
 某は、祖慶は寺に参詣に行ったと嘘をつく。兄弟には帰りを待つよう言って、従者には、祖慶に牛馬の世話をさせていることを隠すよう命じる。従者は祖慶に、事情があるので裏道から帰ってくるよう伝える。
【放牧の帰路】祖慶が二人の子(子方)を連れ、牛を集めて帰る。親子は牛馬を飼う身の上を憂いつつ、秋の花野での仕事に心を慰める。祖慶は思いを述べる。
 「異国に捕らわれて故郷を恋い、年月を送るうちに二人の子を持った。唐土にも二人の子がいる。彼らを思う時はそちらも恋しく、また、日本の子も愛おしい。この子達がいなければ、老木の松が雪折れするように、我が身もどう成り果てていたことか。野の牛達の声も、子を思って鳴いているのだろうか。まして人は。二国に子をもうけて物思いをするとは、我ながら愚かしいことだ」
  道すがら、子は唐土のことを尋ねる。「唐土でも牛馬を飼うのですか」「もちろんだ。花山には馬を放ち、桃林に牛を繋ぐ。どちらも花の名所だ」「唐土と日本と、どちらが優れた国でしょう」「唐土に日本を比べたら、今引いている沢山の牛と、その毛一本くらいの差があるよ」「そんなに良い国なら、どんなに恋しいでしょう」「いや、お前達をもうけてからは、帰国の事は思わない」
 語り合ううちに長い松原を渡りきり、箱崎に着く。
【故国の子との再会】待ち受けた某は、祖慶に唐土に子がいるか尋ね「息子達が、宝物と引き換えにお前を連れて帰ろうと来航した」と告げる。驚いて海を見ると、沖に、唐土に残してきた自分の船が停泊している。祖慶は零落した身を恥じて会うのをためらうが、成長した我が子と対面し「これは夢か」と喜んで抱き寄せる。
 子は最高の宝である。周囲の日本人も「唐土は心無い野蛮人の国と聞いたのに、これほどの親孝行がいたのだ」と喜ぶ。祖慶は、箱崎の神が願いを叶えてくれたのかと、手を合わせて拝む。
【二国の子】追い風が吹いてきたので、兄弟は、父に急いで乗船するよう勧める。船に乗ろうとすると、日本の子が「私達も連れて行ってください」と悲しむ。
シテ 大島政允
子方 大島伊織・大村稔生・狩野直奈・荒木七海
 「出船の習いで心がはやり、お前達をすっかり忘れていた。急いで乗りなさい」と一緒に乗せようとするが、某が「待て。お前達はここで生まれた者だから、私がずっと召し使う」と許さない。日本の子は「大和撫子の花も、唐撫子と同様に紅く咲きます。色が淡くても濃くても花は花、子は子なのに、非情です」と嘆く。一方唐土の子は「早く船に乗ってください」と急かすので、呼ぶ子と引き留める子の間で、父親はどうしていいか分からず、思い余って泣く。
 「体が二つ欲しいものだ。親が子を思うのは人間に限らない。焼野の雉も夜の鶴も、梁の燕も、皆我が子を思うのだ。まして私は明日をも知れぬ老人、子ゆえに消えるなら、命は惜しくない。船にも乗るまい、留まりもすまい」
 父は四人の子を見やると、大岩に上って念仏を唱え、身を投げようとする。子供達が取りすがって悲しむと、さすがに決意が弱り、くず折れて泣く。
今は思へばとにかくに 船にも乗るまじ留るまじと 巌に上りて十念し すでに憂き身を投げんとす 唐土や日の本の 子どもは左右に取附きて これをいかにと悲しめば さすが心も 弱々と なり行く事ぞ悲しき
【親子の船出】その有様に心を動かした某は、日本の子も連れて行くことを許し、疑う祖慶に「箱崎八幡に誓って偽り無い」と請け合う。祖慶は某と神仏に感謝し、すぐに暇を告げ、親子五人で船に乗り込み船出する。祖慶は、喜びのあまり舳先で舞楽を舞う。〈楽〉
唐船-3
シテ 大島政允

 陸の人々は舞楽を眺めて名残を惜しみ、船は輝く海原を遠ざかってゆく。船上では、舞の袖の起こす風も追い風となるようで、一行は帆を掲げ、喜び勇んで故国に向かうのだった。
陸には舞楽に乗じつつ 名残おし照る海面遠く なり行くままに 招くは追風 船には舞の袖の羽風も追風とやならん 帆を引き連れて船子ども 帆を引き連れて船子どもは 喜び勇みて 唐土さしてぞ急ぎける

(画像は、2020/11/15 大島能楽堂定期公演より)