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鑑賞の手引き 玉 井 (たまのい)

観世信光 作   季:不定   所:海神の宮

※『古事記』『日本書紀』の神話に基づく曲。火遠理命(ほおりのみこと。別名穂々手見命(ほほでみのみこと))は邇々芸能命(ににぎのみこと。天照大御神の孫で天つ国から地上に降臨した)の子で、山の獲物を取っていましたが、海の獲物を取っていた兄の火照命(ほでりのみこと。「日本書紀」では火闌降命(ほすせりのみこと))に頼み込んで道具を交換し、釣針を無くしてしまいます。自分の剣から沢山の針を作って償いますが、もとの針を返すよう責められ、海辺で泣き患えていたところ、塩椎神(しおつちのかみ。潮流を司る神)に出会います。塩椎神が、無間勝間(まなしかつま。隙間無く堅く編んだ竹篭)に命を乗せて海上(書紀では海中)に押し流すと、やがて海神の宮に至り、海神の娘豊玉姫と結婚して三年過ごします。その後、海神は鯛の喉に引っかかっていた釣針を見つけ、塩盈珠・塩乾珠という、自在に水を満ち引きさせられる二つの玉を命に与え、大鮫に乗せ地上に帰します。命はそれを使って兄を従え、豊玉姫も地上に来て出産しますが、その際、本来の大きな鮫の姿に戻っているところを命に見られ、海に去ります。その子と叔母の玉依姫が結婚して生まれたのが神武天皇です。

※始めに、後見が井戸と桂の木の作リ物を舞台正面に出す。

 

【前場:海辺から海神の宮】天地開闢以来の神々の子孫、火々出見の尊(ワキ)は、兄の火闌降の尊の釣針を借りて釣りをしたところ、魚に針を取られて無くしてしまった。兄に事情を話し、自分の剣を崩して針を作って返したが、それでももとの釣針を返すよう催促するので、海中に入って釣針を探そうと思い立つ。


塩土翁の教えに従い、目無筐に乗って海に出、波路遥かに旅をすると、美しい砂浜の広がる海の都に着く。瑠璃の瓦を敷いた門の前に、金色に輝く井戸があり、傍に良く繁った桂の木が立っている。尊はその木のそばで様子をうかがう。


すると、水桶を持った気高い様子の女たち(前シテ・ツレ)が現れる。二人は海神の国の明るくゆったりとした暮らしや、井戸の清らかな水のおかげで、澄んだ心と不老不死を得られることを喜ぶ。彼らは姉妹で、朝夕水を汲みに来るらしい。

尊が話しかけるのをためらって木陰に隠れていると、姉が釣瓶を沈めようと井戸の底を覗き、水面に映った桂の蔭に人がいるのを見つけて驚く。

尊が木陰から出て素性を尋ねると、女は姿を見られたことを恥ずかしがるが、相手の立派な態度や優雅な容貌を見て、常人とは違うと感じ、名前を尋ねる。天孫火々出見の尊と聞いて、妹は感嘆するが、姉は「どうりで、初めから威光が現れていました」と、落ち着いてここに来た訳を尋ねる。尊から理由を聞き、ここが龍宮・海神の宮であることを教え、「豊玉姫と、妹の玉依姫」と名乗る。姉妹は尊の優雅な様子にすぐに打ち解け、心引かれる。

豊玉姫が「父母にお引き合わせして、釣針も探しましょう」と申し出て、三人は宮中に入る。思いがけない天孫の訪問の有り難さに、宮殿を立派に整え、幾重にも敷物を敷いて尊を招き入れると、父母の神がお世話をする。尊が来訪の訳を語ると、父神は「ご安心ください。釣針を探し出し、国にお帰しいたしましょう。それでも兄上が怒るなら、潮満・潮干の二つの玉を差し上げます。そうすれば、御心のままに国も治められるでしょう」と受け合う。その後、尊と豊玉姫は結婚し、姫は子を身ごもり、海神はその子の外祖となる。


三年が過ぎ、尊が地上に帰るときが来る。「海路の案内はどうしよう」と聞くと、豊玉姫は「父がお供しますし、海中には様々な乗り物があります。大鮫にお乗せして疾風を吹かせ、陸地にお送りしましょう」と言って、用意のため去る。〈中入〉


〔種々の貝や蛸の精(間狂言)が登場し、前半の出来事を語り、夫婦を祝福し謡い舞う〕


【後場:送別の舞と尊の帰還】豊玉姫と玉依姫(後ツレ)が、美しく装って進み出る。金銀の椀に載せた潮満・潮干の玉を捧げ持ち、海神が釣針を持参するのを待つ。


やがて海神(後シテ)が、探し出した釣針を手に、威厳に満ちた銀色の老龍の姿で現れる。釣針を尊に捧げると、姫たちも玉を捧げ、二人揃って舞楽に乗って舞う。〈天女ノ舞〉その舞はいずれも素晴しく、月に照らされて、花のように美しい。
続いて父神が立ち上がり、雲に蟠り、杖に縋りつつも華やかに力強く舞う。


時が移り、尊が座を立って出発しようとすると、海神は袂を控えて引きとめる。 「海神の乗り物を差し上げます」と、巨大な鮫に乗せ、二人の姫に玉を持たせて、波を払い潮を蹴立てて先導し、尊を遥か遠くの陸地に送り届けると、また龍宮へと帰っていく。