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西王母(せいおうぼ)

作者不明  季:春  所:古代中国

※ 西王母は中国で信仰された仙女で、西方の伝説上の山、崑崙山に住み、三千年に一度実る桃の木を持っており、その実を食べると長寿を得るとされていました。

※ 始めに、脇座に玉座を表す大屋台の作リ物が出される。

【偉大な王】周の穆王(在位紀元前十世紀)に仕える官人(間狂言)が、行幸があると触れ回る。穆王(ワキ)が臣下(ワキツレ)を従え、威厳に満ちて玉座に着く。太古の王たちから今の御代に至るまで、穆王ほどの聖主は無く、その威光は日のごとく、御心は海のごとく、豊かな恵みを国中にもたらしている。北極星を中心に満天を巡る星々のように、多くの官人や諸侯が従って周囲に集う。金銀珠玉が光を交え、光明が輝いて日夜の区別がつかないほどで、その繁栄はまるで、喜見城(帝釈天の居城で、歓楽の尽きない所)のようである。
西王母1
シテ 大島衣恵
 女性(前シテ)が桃の花の枝を持って現れる。
桃李言はず、下自ら蹊を成す。桃の木は言葉を話さないが、自然と人が集い樹下までの道ができるように、王の周りには徳を慕って貴賤の人々が集う。四季折々の時機を得て草木が花開くように、良い時代が来たようだ。この花も機会を知っていたのだろう。王に桃を捧げよう。御心はあまねく、統治は千里の遠くまで行き届き、誠実な君主なので、民の心も明るいのだ」
 女性は穆王に奏上して「これは三千年に一度だけ花が咲き実の生る桃ですが、今の御代に咲いたのは王の御威光のためなので、捧げ奉ります」と言う。
王は「それは、話に聞く西王母の園の桃か」と驚き、桃の枝を受け取る。長い年月を経てこの春に美しい花を咲かせたのも、ひとえに王の恵みが国土に行き渡っているからである。
三千年になるてふ桃の今年より なるてふ桃の今年より 花咲く春に逢ふ事も 唯この君の四方の恵 渥き国土の千々の種 桃花の色ぞ妙なる
【西王母の化身】目の前に仙女の姿を見るとは不思議なことだが、女性は「疑わないでください。まるで月の光のように、天上まで恵みの光が映じて来たのです。移り変わるのは人の心の花ですが、花ならぬ我が身は天上の楽しみに明け暮れ、年経ても死ぬことはありません。実は私こそ西王母の分身です。一度帰って、本当の姿を現しましょう」と告げて、天に上っていく。〈中入〉

〔間狂言‥官人が、西王母の桃について語る〕

西王母2
シテ 大島衣恵、シテツレ 大島伊織
【西王母の来現】穆王は西王母を迎えようと、様々な音楽を奏でる。澄んだ音色が風に乗り天に上っていくと、西王母(後シテ)が空から降りて来る。桃の実を捧げ持つ侍女(シテツレ)を従え、孔雀や鳳凰、迦陵頻伽(極楽に住む、美女の顔で美声の鳥)が声を立てて舞い飛ぶ。その羽は天上界の衣のようだ。色々の捧げ物の中でも、西王母の姿はひときわ光り輝いて辺りを照らし、黄色い錦の衣を着て剣を腰に提げ、鷹の羽で飾った冠を着けている。西王母は、侍女から宝玉の器に盛った桃を受け取り、穆王に捧げると、舞を舞う。〈中ノ舞〉
西王母-3
シテ 大島衣恵

 花も酔いしれるような宴となり、庭の小川に浮かべた酒盃を手で受け止めると、水に戯れる美しい仙女の、袖や裳裾がたなびく。花や鳥が春風に乗って空に舞い上がると、西王母も共に天に上り、行方も知れず去っていったのだった。 花も酔へるや盃の 手まづ遮る曲水の宴かや 御川の水に 戯れ戯るるたをやめの 袖も裳裾もたなびきたなびく 雲の花鳥春風に和しつつ 雲路に移れば王母も伴なひ攀ぢ上る 王母も伴なひ上るや天路の 行くへも知らずぞなりにける

(画像は、2019/06/16 大島能楽堂定期公演より)