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鞍馬天狗(くらまてんぐ)

作者不明  季:春  所:山城国(京都)鞍馬山

【僧正が谷の山伏】鞍馬山の奥の僧正が谷に住む山伏(前シテ)が、この山で花見があると聞き、自分も花を眺めようと出てくる。
【花見の誘い】鞍馬寺に仕える能力(寺で力仕事をする者。間狂言)が、西谷の僧坊からの文を、東谷の僧坊に届ける。僧(ワキ)は文を読む。「『西谷の桜は盛りなのに、なぜおいでにならないのですか。一筆啓上、古歌に曰く、今日見ずは悔しからまし花盛り咲きも残らず散りも始めず(今日見ないと後悔しますよ。満開で、散り始めてもいません)』まことに、手紙が来なくても出向くべきだった」
【花の宴】僧は従僧(ワキツレ)や大勢の稚児達(子方)と西谷を訪ね、花見を始める。
花咲かば告げんといひし山里の 使は来たり馬に鞍 鞍馬の山の雲珠桜 手折り栞をしるべにて 奥も迷はじ咲き続く 木蔭に並み居て いざいざ花を眺めん
 能力が座興に謡い舞っていると、山伏が近寄ってきて座る。一行はそれを嫌って去り、一人の稚児だけが残る。
【沙那王と山伏】山伏は「花を見る時は、身分にも親しさにも拘らないのが習いと聞くものを。鞍馬寺の本尊は大悲多聞天なのに、慈悲心の無い人々だ」と呟く。稚児は「花の下の半日の客、月の前の一夜の友でも縁を感じるもの。お気の毒に、近くに来て花をご覧ください」と誘う。山伏は思いがけぬ事に喜び、心惹かれる。
御物笑の種蒔くや 言の葉茂き恋草の 老をな隔てそ垣穂の梅 さてこそ花の情なれ 花に三春の約有り 人に一夜を馴れ初めて 後如何ならんうちつけに 心空に楢柴の 馴れは増らで 恋の増さらん悔しさよ(笑い者になるかもしれないが、老人にも隔てなく情けをかけてください。一夜馴れ初めてもその後はどうなるのか、心は上の空になり、仲は深まらずに恋しさだけが増さるだろうと思うと悔しい)
鞍馬天狗1
シテ 大島輝久 沙那王 大島伊織
 一人だけ残った訳を聞くと「あの稚児達は平清盛の子なので、時流に乗り大切にされ、私は何事につけないがしろにされています」と答える。山伏は少年の素性を知っていて「あなたは源氏の統領の子で常盤御前の三男、毘沙門の字を取り沙那王と名付けられた方。今は木陰の月や山里の桜のように見る人も無いですが、他の花が散った後にこそ花開くでしょう」と慰める。
 嵐が花吹雪を降らせ、猿が哀切な声で鳴く。暮れ残った花の辺りに鐘が聞こえ、夜が来るのは遅い。山伏は沙那王を誘い、愛宕・高雄や比良や横川、吉野に初瀬など、各地の花の名所を見せて回る。
 山伏は「この山で年経た大天狗」と正体を明かし、「源氏の統領として、兵法を授かり平家を打ちたいと思われるなら、明日お会いしよう。さらば」と言って、大僧正が谷に分け入り、雲を踏んで飛び去る。〈中入〉

〔間狂言‥木の葉天狗が現れて前段の経緯を語る〕

鞍馬天狗2
沙那王 大島伊織
【大天狗の出現】翌日、沙那王は桜色の衣に紗の上着、白糸で綴った腹巻(略式の鎧)、白柄の薙刀という、天魔鬼神もかなわぬほど華やかな出で立ちで待ち受ける。
 大天狗が悠然と飛来する。〈大ベシ〉九州彦山の豊前坊、四国の白峯の相模坊、大山の伯耆坊など諸国の高名な天狗や、如意が嶽など近辺の天狗達も、山を揺り動かし嵐を起こして集まる。大天狗は沙那王に問う。
「先ほど小天狗を遣わしたが、兵法の秘術はどれほど究めましたか」「はい、薄手を斬りつけ稽古の程をお見せしたかったのですが、師匠様に叱られるかと、思い止まりました」大天狗は感嘆し、中国の故事を語って聞かせる。
【張良の故事】漢の高祖(劉邦。秦を滅ぼし天下を統一した)の臣下張良が黄石公に出会った時、馬に乗った石公はわざと左の靴を落とし、拾って履かせるよう命じた。不愉快だったが言う通りにすると、今度は両足の靴を落とした。大事な時なので堪えて靴を捧げて履かせると、石公は心を許し、兵法の奥義を伝えたのだった。
「そのように、華やかなあなたが荒々しい天狗を師匠と敬ってくださる。兵法を残らず伝授されて平家を討とうとお思いなのですか。立派なお志です」
鞍馬天狗3
シテ 大島輝久
【守護の約束】
大天狗は薙刀を受け取って戦ってみせ〈舞働〉守護を約束する。
「武門の誉れ高い家柄は、源・平・藤原・橘の四家。取り分け源氏は清和天皇を源流とする。時節を考えれば、あなたは将来、驕る平家を西海に追い落とし、波の雲に自在に飛行して敵を討つでしょう。あなたをお守りします」
鞍馬天狗4
シテ 大島輝久 沙那王 大島伊織
 薙刀を返して別れを告げると、沙那王は袂にすがって引き留める。大天狗は、振り返って名残を惜しみ「どこの合戦でもそばを離れず、力を添えお守りする。頼りにしなさい」と約束し、夕影の鞍馬山の梢に翔け上り、姿を消す。

(画像は、2018/04/15 大島能楽堂定期公演より)