項 羽(こうう)
作者不明 季:秋 所:唐土(中国)烏江野
※ 項羽(前232~前202)は楚の武将で、秦王朝末の戦乱の中で頭角を現し、漢の劉邦と天下を争います。垓下の戦いの際、城壁の四方を囲んだ敵軍から自国の楚の歌が聞こえたため、項羽は楚が制圧されたと思い、敗北を確信します。わずかな兵とともに烏江(長江上流の渡し場)まで落ち延び、激戦を行い自害します。(史記)
※ 美人草とはヒナゲシのことで、虞美人草とも言います。
【烏江の野辺】草刈の男たち(ワキ・ワキツレ)が、仕事を終えて家路につく。秋の野辺には萩や刈萱などの草花が茂り、錦のように美しい。男たちが花々を家への土産に刈って帰ると、夕暮れの野で、虫たちが花を惜しむかのように鳴く。
渡し舟が対岸にいるので、来るのを待って乗ることにする。
舟が岸に着く。船頭の老人(前シテ)は、秋の夕暮れの川辺の風情を楽しむ。
蒼苔路滑らかにして僧寺に帰り 紅葉声乾いて牡鹿鳴くなる夕間暮 心も浮む面白さよ 秋毎に 野分を舟の追風にて 荻の帆(穂)掛くる 露の玉
渡し舟が対岸にいるので、来るのを待って乗ることにする。
舟が岸に着く。船頭の老人(前シテ)は、秋の夕暮れの川辺の風情を楽しむ。
蒼苔路滑らかにして僧寺に帰り 紅葉声乾いて牡鹿鳴くなる夕間暮 心も浮む面白さよ 秋毎に 野分を舟の追風にて 荻の帆(穂)掛くる 露の玉
【舟人との問答】乗船を頼むと、老人が「船賃は」と聞く。「いつもの事で持っていない」と答えると、乗船を断る。男が「では上流の浅瀬を渡ろう」と言うと、老人は舟に乗せる。月影が刈り取った草の露毎に光り、舟は静かに川を渡る。
対岸に着くと、老人が船賃を求める。男が抗議すると「刈り取った草花から一本ください」と頼む。どれでも選ぶよう勧めると、老人はある花を選び、問われて訳を話す。
対岸に着くと、老人が船賃を求める。男が抗議すると「刈り取った草花から一本ください」と頼む。どれでも選ぶよう勧めると、老人はある花を選び、問われて訳を話す。
【美人草の由来】この花は美人草といって、この野の名草である。その謂れは、昔項羽が高祖(劉邦)との戦に負けた際、虞氏(虞美人)という后が身を投げ、遺体をこの野に埋葬した。その塚の上から生えた草なので、美人草という。
老人は、男に促され、項羽と高祖の戦について語る。
老人は、男に促され、項羽と高祖の戦について語る。
【項羽の最期】項羽と高祖の戦は七十数回に及んだが、項羽の兵は皆心変わりし、かえって項羽を攻めた。虞氏は思いあまって床に臥した。愛馬の望雲騅は、一足で千里を駆ける名馬だったが、主人の運命が尽きたので、膝を着いて黄色い涙を流し、一歩も動かなくなった。項羽は全く動じず、馬から静かに下りて呼び掛けた。「呂馬童よ、我が首を取って高祖に奉り、名を揚げよ」しかし呂馬童(項羽と旧知の仲の漢軍の武将)が恐れて近寄らなかったので、「不覚者。これを見て後の世に語り伝えよ」と言うやいなや、剣を抜き自分の首を切り落として呂馬童に与え、この原の露と消えた。
「こうして語ると、心が昔へと帰る。今は隠すまい、我こそは項羽の幽霊」と正体を明かし、老人は、霧が立ち寒々とした夕闇に姿を消す。〈中入〉
「こうして語ると、心が昔へと帰る。今は隠すまい、我こそは項羽の幽霊」と正体を明かし、老人は、霧が立ち寒々とした夕闇に姿を消す。〈中入〉
〔間狂言:所の者が通りかかり、項羽の最期にまつわる故事を語る〕
※ 後見が、城壁を現す一畳台を舞台前方に出す。
【項羽と虞氏】その夜、草刈男たちが川辺で弔いをすると、項羽の霊(後シテ)が虞氏の霊(シテツレ)を連れ、矛を持ち武装した姿で現れる。霊は「昔は高貴な人々に囲まれていたのに、今は田舎の苔むした墓所にひっそりと埋れている」と語り、垓下の戦いにおける虞氏の死と、烏江での死闘の有様を見せる。
【虞氏の死】籠城し、敗北を悟った項羽は、別れの宴を開く。虞氏の姿は天女のように美しく、音楽が奏でられるが、四方から敵軍が鬨の声を上げる。虞氏は思いに耐えかね、高楼に登ると、まるで涙が落ちるように身を投げて亡くなった。
項羽は激しく嘆き苦しむ。〈舞働〉虞氏との別れと我が身の行く末の悲しさを思い出すと、剣も矛も投げ捨てて身悶えするほどに悔しい。
(画像は、2021/11/21 大島能楽堂定期公演より)