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鑑賞の手引き 鬼 界 島 (きかいがしま)

作 観世元雅(?)    時:九月
所:鬼界島(鹿児島県大隈諸島の硫黄島、または南西諸島の古称)

※ 鬼界島では、平家討伐の陰謀が露見し流罪になった俊寛僧都、平判官康頼、丹波少将成経が苦しい生活を送っている。

始めに、赦免の使者(ワキ)が登場する。平清盛の娘中宮徳子の安産祈願のため、臨時の大赦が行われ、諸国の流人が赦免されることになったと述べる。鬼界島には自分が使者に発つことになったので、船を用意しようと言って退場する。

 成経と康頼(シテツレ)が登場する。二人は都にいたとき熊野参詣を33回行うことを立願したのに、遠流になり達成できなかったので、鬼界島に熊野三社を勧請し巡礼道も定め、参詣を続けている。その日も浜辺の砂を米に、白い浜木綿の花を幣に見立てて神に供える。

 二人は参詣を終え休憩中、俊寛の姿を見つける。
成経が声をかけると、俊寛は「こちらから声をかけようと思っていたのに、先に見つかるとは」と悔しがりつつ、「酒を持って迎えに来た」と水桶を差し出す。

二人が「この島に酒があるはずがない」と不審して桶を覗き込むと、中は水である。俊寛が、「酒というのはもともと薬の水なのだから、これも清酒」と言い返すと、皆納得して、折から長月の重陽の節句の頃なので、中国の仙童が深山で飲み七百歳の齢を得たという、菊の霊酒に見立てて酒宴を始める。三人は風雅を楽しみつつも、華やかだった都を懐かしみ、今のわびしい生活を嘆き合う。

【配所の酒宴】
 あら恋しの昔や 思い出は何につけても あはれ都に在りし時は 法勝寺法成寺 ただ喜見城の春の花 今はいつしか引き変えて 五衰滅色の秋なれや 落つる木の葉の盃の 飲む酒は谷水の 流るるもまた涙川 水上は 我なるものを 物思ふ時しもは 今こそ限りなりけれ

そこへ、赦免使が船で到着する。俊寛は喜んで立ち迎える。赦免使は成経と康頼を呼び出し、赦免状を渡す。成経が受け取って、『このたび中宮御産御祈りのため、非常の大赦仰せ出だされ候につき、国々の流人赦免あり。よって鬼界島の流人の中、成経康頼二人、赦免あるところなり』と読み上げる。俊寛は「なぜ私の名を読み落とされたのです」と、文面を確かめ、「これは書き手の書き損じですか」と尋ねる。赦免使は「私が都で承ったのも、成経康頼二人の赦免だ」と答える。俊寛は「では私だけこの島に留まれということですか」と、自分だけ大赦に漏れたことに衝撃を受け、一人では生きていけないと嘆く。

【俊寛の悲憤】
 こはいかに罪も同じ罪 配所も同じ配所 非常も同じ大赦なるに 一人誓いの網に漏れて 沈み果てなん事いかに。この程は三人一所にありつるだに さも怖ろしく凄まじき 荒磯島にただ一人 離れて海人の捨て草の 波の藻屑の寄る辺も無くてあられんものかあさましや 

 そして、思い余って何度も読み返し、礼紙(文書の包み紙)まで見て我が名を探すが見つからず、免状を打ち捨て半狂乱になって慟哭する。

【免状を読み返す】
 せめて思いの余りにや 先に読みたる免状を また引き開き同じ跡を 繰り返し繰り返し 見れども見れども ただ成経康頼と 書いたるその名ばかりなり もしも礼紙にやあるらんと 巻き返して見れども 僧都とも俊寛とも書ける文字はさらに無し こは夢かさても夢ならば 覚めよ覚めよとうつつ無き 俊寛が有様を 見るこそ哀れなりけれ

船頭が船出の準備を始め、使者が急かすので、成経と康頼は船に乗り込む。俊寛は康頼の袂に取りすがり、せめて向かいの地の九州まで乗せてくれるよう懇願する。船人は櫂で打って追い払おうとし、船を出す。俊寛は、艫綱に取り付いて船に引かれていく。船人は艫綱を切り落とす。波に揺られながら手を合わせ、「舟よ、舟よ」と必死で呼びかけるがどうにもならず、俊寛は渚に伏して大声で泣く。

成経たちは「私たちが取り成しをして都に帰れるようにするから、待っていてください」と呼びかける。俊寛は、それをかすかな頼りとし、手を合わせて頼む。やがて、声も人影も沖に遠ざかって見えなくなり、俊寛だけが浜辺に残される。

【舟を見送る】
 頼むぞよ 頼もしくて さらばよと云ふ声も姿も 次第に遠ざかる沖つ浪に 幽かなる跡絶えて舟影も人影も消えて見えずなりにけり 跡消えて見えずなりにけり