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鑑賞の手引き 葛 城 (かずらき)

作者不明   季:冬   所:大和国(奈良)葛城の山中

※説話によると、葛城山の一言主の神は、修験者役小角に、葛城山から吉野の金峰山まで岩橋を掛けるよう命じられます。しかし醜い容貌を恥じて夜しか働かなかったため完成せず、怒った役小角に、明王の呪法により葛で呪縛されます。一言主は普通男神とされますが、中世には女神とする説もあったようです。
 葛城山は、天照大神が天の岩戸に籠もった古跡だという伝承もありました。

 

 出羽国羽黒山(山形県の修験道の霊場)の山伏(ワキ・ワキツレ)が、葛城山の明神に参詣しようと旅してくる。夕暮れ時、急に大雪が降り出したので岩陰でしのいでいると、笠を被り木の枝を持った女(前シテ)が通りかかり、声を掛ける。どこへ行くのか尋ねて「自分はこの山に住む者で、薪を採って帰るところです」と語り、雪が止むまで自分の庵で休むよう、山伏達を招く。
 一行は険しい崖の道をたどり谷底の女の庵に向かう。女の笠には雪が積もって月光を浴びたように輝き、薪もまるで白い花が咲いたようである。


笠は重し呉天の雪 鞋は香ばし楚地の花 肩上の笠には 肩上の笠には 無影の月を傾け 担頭の柴には不香の花を手折りつつ 帰る姿や山人の 笠も薪も埋もれて 雪こそ下れ谷の道を 辿り辿り帰り来て 柴の庵に着きにけり


庵に着くと、女は笠を取り、薪の雪を払って「このしもと(小枝)を焚いて鈴懸け(山伏の着ける麻の上着)を乾かしてさし上げます」と言う。山伏が「『しもと』とはその木の名前ですか」と聞くと、女は大和舞(雅楽の一つで、神社の神事などで行う)の古歌を教える。
しもと結ふ葛城山に降る雪は間無く時無く思ほゆるかな(葛城山に降る雪は、常に止まないように思われるよ。「しもと結ふ」は、葛で枝を束ねるので葛城山に掛ける)


折から雪も降り、古代の舞の情景が思われる。女は小枝を焚き一行をもてなす。
「『葛城や木の間に光る稲妻は山伏の打つ火かとこそ見れ』本当にこの世は稲光や朝露や石の火花のように短いと思うべきです。我が身の嘆きも添えて、柴を焚きましょう。世捨て人の心は仏の教えによって澄み、鈴懸けが白く冴えているのは雪に染まったのでしょうか。柴を焚いて寒風を防ぎますから、『山伏』の名の通り、どうぞ伏してお休みください」


夜になったので山伏が勤行を始めようとすると、女は「悩む心地があるので、私のことも祈ってください。女は罪深い上、仏法の咎めの呪詛を受けて、蔦葛で縛められ三熱の苦しみ(神の受ける苦しみ)を受けているのです」と救いを求める。山伏が「神でもないのに」と不思議がると「恥ずかしながら、岩橋を掛けなかった罰に明王の索で縛められ、神体の石に蔦葛が這い広って取れず、露霜に苦しめられて立ち居も重いのです。どうぞ加持祈祷してください」と頼んで、姿を消す。


〔間狂言:里人が神前にいる山伏を見つけ、葛城の神と役行者の説話を教える〕


夜半、山伏が一心に勤行していると、仏法に引かれて、険しい山の陰から葛城明神(後シテ)が現れる。玉の簪や玉葛(玉を糸に通した髪飾り)を着けた女神だが、体中蔦葛に這い纏われている。
女神は、月光や雪明りで見苦しい顔が露わになることを恥じるものの「それも良し。吉野の山に岩橋を掛けて通おう。高天の原とはここのこと」と、神楽歌を奏し、大和舞を舞う。雪の降り積もる枝のような、木綿花(楮の皮の繊維で作った白い造花)を付けた白い幣を持ち、天の香具山も向いに見え、月も雪も白く輝き、一面白妙の景色である。しかし、女神は自身の容貌を恥じ「朝が来てあからさまになる前に」と、夜の明ける前に常闇の岩戸に入って姿を隠すのだった。


高天の原の岩戸の舞 天の香具山も向ひに見えたり 月白く雪白く 何れも白妙の景色なれども 名におふ葛城の神の貌容 面無や面はゆや 恥づかしやあさましや 朝間にもなりぬべし 明けぬ先にと葛城の 明けぬ先にと葛城の夜の 岩戸にぞ入り給う 岩戸の内にぞ 入り給う