賀 茂(かも)
金春禅竹 作 季:晩夏 所:山城国(京都)賀茂神社
※ 賀茂神社は都の東を流れる鴨川上流にあり、上賀茂の祭神は別雷命、下鴨は母の玉依姫命を祀ります。都の西の松尾大社は父の大山咋命を祀り、共に秦氏の氏神です。
※ 後見が、白羽の矢を立てた祭壇の作リ物を舞台正面に出す。
【賀茂の河原】播磨国の室の明神(兵庫県室津の賀茂神社。祭神は別雷命)に仕える神職と従者(ワキ・ワキツレ)が、同じ神を祀る都の賀茂神社に参詣し、鴨川に来る。
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シテ 松井 彬 水桶を持った女たち(前シテ、シテツレ)が現れる。水無月も半ばを過ぎ、秋が近く風も涼しい夕方、女たちは心を澄まして神に供える水を汲む。
「素直に頼めば、神が人の世を正してくれるだろう。満たされぬ身なので、生きている間は神に参拝し、頼みにして水を汲もう」
御手洗川の水音が涼しい木陰は、糺の森から時鳥の声がして去りがたく、さっと村雨を降らせた雲が夕日を陰らせ、夏を忘れるような居心地の良い場所だ。
御手洗の声も涼しき夏陰や 声も涼しき夏陰や 糺の森の梢より 初音古り行く鵑 猶過ぎがてに行きやらで 今一通り村雨の 雲も陰ろふ夕づく日 夏無き水の川隈 汲まずとも影は疎からじ
神職は女に声を掛けて身分を明かし「川辺に新しく祭壇を築き、白木綿に白羽の矢を立て、信仰するご様子なのはなぜです」と尋ねる。女はその矢が賀茂神社の御神体だと教え、謂れを語る。
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「素直に頼めば、神が人の世を正してくれるだろう。満たされぬ身なので、生きている間は神に参拝し、頼みにして水を汲もう」
御手洗川の水音が涼しい木陰は、糺の森から時鳥の声がして去りがたく、さっと村雨を降らせた雲が夕日を陰らせ、夏を忘れるような居心地の良い場所だ。
御手洗の声も涼しき夏陰や 声も涼しき夏陰や 糺の森の梢より 初音古り行く鵑 猶過ぎがてに行きやらで 今一通り村雨の 雲も陰ろふ夕づく日 夏無き水の川隈 汲まずとも影は疎からじ
神職は女に声を掛けて身分を明かし「川辺に新しく祭壇を築き、白木綿に白羽の矢を立て、信仰するご様子なのはなぜです」と尋ねる。女はその矢が賀茂神社の御神体だと教え、謂れを語る。
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聞き終えた神職が「その矢は上代の物で、今の矢は別物なのに、御神体になるのはなぜです」と聞くと、女は「ご不審はもっともですが、区別は無いのです。何事も心次第で、澄むも濁るも、同じ流れの様々な姿なのです。賀茂の川瀬も、上は賀茂川、下は白川、その中でも異名があり『石川や瀬見の小川の清ければ月も流れを尋ねてぞ澄む』(新古今集)と詠われました。澄むも濁るも同じ、何の疑いがあるでしょう。年月は矢のように早く過ぎ、惜しんでも帰らないのはもとの水。流れが絶えぬことこそ神への手向けなのです。さあ、水を汲みましょう」と言う。
賀茂の川上がどんな所かというと、岩や松の根を洗って激流が飛沫を散らす貴船川。紅葉が水面を隠すほど降る大井川。嵐山のふもとの戸無瀬は有名だろう。清瀧川の水を汲むなら、高嶺の深雪を融かす朝日を待ってから。比叡の音羽の滝波は、汲まずに受けて頭の雪といただく。
「滝の流れのような白髪になることも、我が身の上のことと知りなさい。老いるのは日が暮れるのと同じく瞬く間のこと。今日の現実も夢と同じです。影を映しても濁りの無い水を汲み、御神慮を汲み取りましょう」
誰も知れ老いらくの 暮るるも同じ程無さ 今日の日も夢の現ぞと 映ろふ影はありながら 濁り無くも水掬ぶの神の慮汲まうよ
女は矢に向かい礼拝する。僧が素性を尋ねると、女は威厳に満ちて「君を守る神徳を告げ知らせようと現れ出た」と、自分が神であることを明かし、真の姿があからさまになることを恥じて、木綿垂(幣)に紛れて神隠れになる。〈中入〉
【間狂言‥末社の神が現れ、賀茂明神の謂れを語り、神職をもてなす舞を舞う】
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別雷の神は空に住んで自在に風雨を降らせ、雷で雲霧を穿ち、稲妻を光らせて稲葉の露に宿る。雷鳴が雨を起こして降る雨音はほろほろ、とどろとどろと、踏み轟かし鳴神の鼓を鳴らし、時到れば五穀を実らせ国土を守護する威光を現す。
御祖の神が糺の森に飛び去ると、別雷神も雲霧を分け天に昇り、虚空に消える。
(画像は、2018/06/17 大島能楽堂定期公演より)