観世小次郎信光 作 季:11月 所:摂津国(大阪)大物浦
【前場】 源義経(子方)、武蔵坊弁慶(ワキ)一行が登場。義経は源平の合戦で平家を倒したが、讒言により兄頼朝の怒りを買い、十数人の家来を連れて都を落ち延び、大物の浦にたどり着く。弁慶は、知人の船頭(間狂言)に宿と舟の用意を依頼する。
弁慶は、義経が静御前(前シテ)を連れていることを非常時にそぐわないと考え、都に返すよう進言して許しを得る。
宿の中に呼びかけると、静が奥から出てくる。弁慶が「波濤を越えての逃亡に女を伴うのは不名誉なので、都へ帰るように」と義経の言葉として伝えると、静は弁慶の独断かと疑う。義経に確かめるが同じ事を言われ、「変わらないと神に誓ったこともはかなくなったけれど、生き延びてまたお会いしたいと思う」と泣く。
義経は静に酒を勧めるが、涙にくれて盃を受けられない。弁慶は、門出を祝福する舞を頼み、白拍子(男装して今様を歌いながら舞う芸能)に使う烏帽子を渡す。静は烏帽子を着け、嘆きを堪えて、中国の陶朱公が勾践を助けて呉王を滅ぼし、その後は隠棲したという故事を歌い、野望が無いことを訴えれば、頼朝の疑いも解けると励ます。
静は別れを先に延ばしたいとの思いを込めてゆったりと舞い、清水の観音の和歌を詠じて祝福する。そこへ舟人が来て船出を急かす。残された静は、烏帽子を脱ぎ捨て涙にむせぶ。〈中入〉
【後場】 舟を出そうとすると、義経が「今日は波風が荒いので留まる」と告げる。静と離れ難いのだと気づき、弁慶は屋島の合戦の際の強風を例に挙げて叱咤する。
沖に出るとにわかに雲が湧き海が荒れる。船頭は懸命に波に立ち向かうが、舟は流される。供の一人が「舟に怪異のものが憑いている」と言い出したので海上を見ると、西海で滅んだ平家一門の亡霊が無数に浮かび出る。平知盛の怨霊(後シテ)の声が響いて、恨みを晴らそうと薙刀を振るって義経に襲い掛かる。義経は少しも動揺せず、刀を抜いて戦う。弁慶が「亡霊相手に武器では敵わない」と義経を抑え、数珠を揉んで明王に祈ると、怨霊は次第に遠ざかる。浜に寄せようと漕ぐ舟を、なおも追ってくるのを祈りで払いのけると、その姿は引き潮に揺られて流れ去り、やがて消える。