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大 会(だいえ)

作者不明  季:不定  所:比叡山

※ 鎌倉中期の説話集『十訓抄』第一「人に恵を施すべき事」が原話です。説話では、 比叡山の僧が、京に出かけた帰り道、子供たちが年老いた鳶を縛り、木の枝で叩いて痛めつけているのを見かけます。「殺して羽を取る」と聞いて憐れに思い、自分の扇と交換して鳶を引き取り、逃がしてやります。「素晴らしい善行をした」と満足して帰る道中、奇妙な法師が現れて恩返しを申し出ます。

【山伏の訪問】比叡山の高徳の僧(ワキ)が、庵で、仏の種々の教えについて思いを巡らせ、心を澄ませている。
シテ 金子敬一郎
「最澄が比叡山を開山してからこの方、仏法を崇敬しない者は無い。仏の教えは、まことに有難いものだ」
 比叡山は、インドの霊鷲山(釈迦が説法をした山)を写したと言われ、峰は真理を表す日輪が照らし、鳥は仏・法・僧の三宝を念じて鳴き、風の音も、常住安楽の悟りの境地を伝える。比類なく尊い深山である。
 どこからともなく山伏(前シテ)が現れる。 「月は古い御殿を燈火のように照らし、風はがらんとした廊に吹いて箒のように塵を払う。苔むした道を歩み寄ると、実に物寂しい深山の住まいだ」
月は古殿の燈を掲げ 風は空廊の箒と為って 石上に塵無く滑らかなり 苔路を歩みよるべの水 あら心凄の山洞やな
【恩返しの申し出】山伏は案内を乞い、僧に何者か問われ、来た訳を答える。
「私はこの辺りに住む僧です。死にかけていた時、あなたの憐みのおかげで命が助かりました。そのお礼を申し上げようと参ったのです」
「これは思いがけない事です。命を助けたとは、全く思いも寄りません」
「都の東北院の辺り(京の東北の外れ)での事と言えば、思い当たられるでしょう。これほどのお志に報いないわけにはいきません。私は色々な神通力を得た身なので、どんなお望みでもすぐに叶えて差し上げます」
「確かにそんなことがありました。この世での望みは全くありませんが、釈迦の霊鷲山での説法の有様を、目の当たりに拝みたいのです」
「簡単な事です。本当にそうお望みなら、今すぐ拝ませて差し上げます。ただ、尊いとお思いになれば、必ず私にとって悪い事が起きます。お疑い無きように」 そう何度も念を押し、
「では、あそこに見える杉木立のそばで目を閉じて待ち、仏の御声が聞こえたら、両目を開いてよくご覧ください」
と言ったとたん、雲霧や雨が降りかかり、山伏は、風を起こし木の葉を吹き上げ、梢を翔り谷を下って、かき消すように姿を消す。〈中入〉
間 山口耕道、河原康生、中島清幸

云ふかと見れば雲霧 降り来る雨の足音 ほろほろと歩み行く道の 木の葉をさつと 吹き上げて 梢に翔り 谷に下り かき消すやうに失せにけり

〔間狂言‥天狗が大勢現れ、太郎坊が危難に遭い僧に救われた経緯と、恩返しに大会の有様を見せることを述べる〕

※後見が、釈迦の説法の場を表す一畳台と椅子の作リ物を舞台後方に出す。

【霊鷲山の大会】僧が目を閉じて待つと、釈迦の姿に化けた天狗(後シテ)が現れる。 「山は小さな土塊を生じるがゆえに高くそびえるようになり、海は細い流れを厭わぬゆえに深い水を湛える」
 虚空に音楽が響き、仏の御声がはっきりと聞こえる。僧が両目を開いて辺りを見ると、山は霊鷲山に変わり、大地や木々は宝玉でできている。
シテ 金子敬一郎 ワキ 福王知登

 釈迦如来が説法の座に着くと、普賢菩薩と文殊菩薩が左右に居並び、諸菩薩や仏弟子たちが群れ集い、龍神や守護神たちが仏を拝して取り囲む。高弟の迦葉、阿難も座し、空から紅白の花が降り、天人たちが雲の上で妙なる音楽を奏でる。釈迦如来は、経文を開いて仏法の真髄を説く。
 あまりにも有難い光景に、僧正はたちまち信心を起こし、歓喜の涙を浮かべて一心に合掌し、釈迦如来を礼拝する。
【幻術の崩壊】にわかに山が鳴動して、帝釈天(シテツレ)が降臨する。とたんに幻術が解け、天狗たちが恐れ騒ぐ。釈迦に化けていた天狗も正体を現す。
シテ 金子敬一郎 ツレ 金子龍晟

 帝釈天がたちまち数千もの魔術を暴いてしまったので、大会(大きな法会)は散り散りになってしまった。〈舞働〉
 帝釈天は「これほどの信者をなぜ惑わす」と怒り、天狗を散々に打ち据える。天狗は羽風を起こして飛び去ろうとするが、羽がねじれてしまって飛べない。恐れをなして頭を下げると、帝釈天は天に上って帰っていく。天狗は岩を伝い下り、深い谷の岩穴に入って姿を消す。

(画像は、2017/09/17 大島能楽堂定期公演より)