能面と能装束

山陽新聞連載「一日一題」 2002年5月31日

 能面と能装束というと、美術館か博物館に展示してある美術工芸品の展示物として思い浮かぶ方が多いのではないでしょうか。
 しかし、能楽師にとっては舞台をつとめるために、なくてはならない必需品ですし、一番大事にしているものです。私方は先代の祖父・寿太郎が持っていたものを福山空襲でほとんど焼失してしまい、疎開先に預けていたものがわずかに無事でした。父・久見は戦後、能を一日も早く舞いたいと大変な思いをして、少しずつ購入したり、譲り受けたりして数はたくさんではありませんが、今では一応の物をそろえています。
 能面は大きく分けると、翁・尉・鬼神・怨霊・男・女の六種類で、細かく分けると、200種以上もあるといわれています。大事に使われてきた古い面にすばらしいものがあります。新しく作られた面はあまり好まれませんが、中には新しい力を感じる面打師もおられ、頼もしく思っております。
 演能に際し、曲目・役柄により、どの面をつけるか選びます。白絹地に綿を入れた大中小の当て物を作っておき、その当て物を面の裏に付け、自分の顔に添うよう調節いたします。楽屋で装束を着けた後、鏡の間で心を鎮め、気を入れてから面に一礼して面紐で縛って付けます。
 装束も曲目・役柄により、どの装束を着けるか選ばなければなりません。色合いや組み合わせを考えると、なかなかこの作業も時間がかかります。最近では、息子や娘たちにその作業を任せられるようになり、「あれがいい、これがいい」と言いながら、にぎやかに装束出しをしています。準備も片付けもすべて自分たちでやりますので、能楽師の仕事も体力勝負なのです。