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鑑賞の手引き 邯 鄲 (かんたん)

作者不明    季:不定    所:中国邯鄲のある宿

※後見が大屋台の作リ物(始めは宿の寝所、次に宮殿を表す)を舞台上手に出す。

〔邯鄲の里(中国北部の都市)で宿屋を営む女(間狂言)が、枕を持って登場する。それは以前、仙術を操る者を泊めたときに貰った枕で、敷いて眠れば悟りを開けると語り、寝所に枕を置いて客が来るのを待つ〕

 

【邯鄲の宿屋】蜀国の盧生という青年(シテ)が、ただぼんやりと日々を送ることに悩み、楚国の「ようひさん」に高徳の僧がいると聞いて、人生の意味を尋ねるため旅に出る。長い旅の末邯鄲の里に着き、日はまだ高いが雨が降り出したので、ここで泊まることにし、宿の内に声を掛ける。女主人が応対し、部屋に案内して椅子を勧め、どこからどこへ、何のために旅しているのか尋ねる。
 事情を聞いた女主人は、「私が仙人からもらった『邯鄲の枕』を使えば、少しまどろむ間に夢を見て、来し方行く末の悟りを開くことができますよ」と申し出る。枕を示し「その間に粟飯を用意しましょう」と、炊事の指図をして去る。
 盧生は「これがあの『邯鄲の枕』か。天がこの機会を与えてくれたのだろう」と、さっそく枕を敷いて横になる。


邯鄲(輝久_2013.06_1)【夢で帝位に就く】勅使(ワキ)が輿舁き(ワキツレ)を随えて宿を訪ね、枕元を叩いて盧生を起こし、平伏する。はっと目覚めて、唖然として誰なのか聞くと、勅使は「楚国の帝の位を、あなたにお譲りするために参りました」と答える。
驚いた盧生が、なぜ自分なのか尋ねると「世を治めるべきめでたい相をお持ちなのでしょう。早く輿にお乗りください」と急かす。あまりのことに茫然とし、天にも昇る心地で玉の輿に乗せられて楚国に行き、栄華が一時の夢とも知らずに、帝の位に就く。
〔盧生は玉座に座し勅使一行は退場。舞人(子方)と大臣(ワキツレ)が舞台下手に座る〕

盧生は雲の上の人となった。広大な宮殿は光に満ち、庭には金銀の砂が敷かれ、宝石で飾られた四方の扉を出入りする人々までも、きらびやかに着飾っている。それはまるで、仏の浄土や帝釈天の喜見城のような、この世ならぬ有様である。即位を祝って膨大な量の宝物が捧げられ、参集する諸侯の旗が天に棚引き、おびただしい礼拝の声が地に響く。
邯鄲(輝久_2013.06_2)盧生は、宮殿の東に巨大な銀の山と金の日輪、西にも金の山と銀の月を築かせ「長生殿の裏には春秋を富めり 不老門の前には日月遅し」という、御世の長久を祝う詩を表す庭を作り、帝として栄華の日々を送る。
年月が経ち、大臣の奏上に、盧生はすっかり帝らしい威厳を身に着けて応じる。大臣は「御在位ははや五十年になります。そこで仙薬をお飲みになれば、一千歳まで御長寿を保たれるでしょう」と、天の濃漿・沆の盃という、仙界の酒と盃を献上し、盛大な宴が始まる。人々は豊かな御世の長久を祝って盃を巡らせる。舞人が帝に酌をし、祝いの歌を詠じて舞う。霊酒は甘美でいくら酌んでも尽きず、心浮き立つ宴が昼夜を分かたず続き、これ以上無いほどの栄耀栄華である。
帝は感に耐えず、旅に出たときから持っていた数珠を捨てると、片袖を脱ぎ、立ち上がって舞い始める。玉座から落ちそうになり冷やりとするが、目は覚めず、下に降りて舞い続ける。栄華は永遠に続くと思われ、袖を返して舞い、喜びの歌を謡う間にも昼夜は移り、めまぐるしく太陽と月が廻る。春の花が咲けば紅葉が色づき、夏かと思えば雪が降り、四季が眼前で移り変わり、草木も一斉に花開く。帝は不思議な光景に我を忘れて見とれる。
こうして時が過ぎ、ついに栄華の尽きるときが来る。大勢の妃や臣下たち、宮殿楼閣も瞬く間に消え失せ、盧生はもとの邯鄲の宿で夢から覚める。


邯鄲(輝久_2013.06_3)【邯鄲の宿で目覚める】女主人が枕元を叩き「旅の方、粟のご飯ができましたよ。早く起きてください」と声を掛ける。
盧生は、今までの栄華が夢に過ぎなかったと知って、茫然として起き上がる。あれほど大勢の妃たちの声と聞いていたのは、現実には松風の音で、宮殿楼閣は邯鄲の仮の宿、五十年の栄華は、粟飯が炊ける短い間に見た夢に過ぎなかった。
あまりに不思議な体験に、盧生は膝を抱えて考え込む。「つくづく人間の有様を思案するに、百年の歓楽も命が尽きれば夢と同じ。五十年の栄華も、自分にとっては終わったこと。栄華や長寿はもう望まない。何事も一睡の夢なのだ」と悟り、「そうだったのか」と膝を打つ。「思えば、迷いから解放してくれた導き手はこの枕だ」と押しいただき、そっと寝台に置くと、晴れ晴れとして故郷に帰っていく。
盧生は夢覚めて 五十の春秋の 栄華も忽ちに ただ茫然と 起き上がりて〈略〉
さて夢の間は粟飯の 一炊の間なり 不思議なりや計り難しや〈略〉げに何事も一睡の夢 南無三宝南無三宝 よくよく思へば出離を求むる知識はこの枕なり  げに有難や邯鄲の げに有難や邯鄲の夢の世ぞと悟り得て 望叶へて帰りけり